都はるみさんファンの広場

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夢の架け橋~全力投球・はるみさん掲示板

向こう岸に行きたい - とりい

2018/08/08 (Wed) 15:55:06

久しぶりに20周年記念コンサート「帰去来」のDVDを観ていたら、「向こう岸に行きたい」という歌がありました。ん、聴いたことがないな〜と思い、歌詞カードを見ると、みなみらんぼうさんが作詞作曲したものでした。次の「男ひとり女ひとり」という曲は加藤登紀子さんの作詞作曲でした。シングルでも出ていないようですし、この時だけ歌われたのでしょうか。20周年の記念のコンサートになぜ、これらの曲が入ったんでしょうか?先輩の皆さん、教えてください。

Re: 向こう岸に行きたい - はるみさんのファン

2018/08/08 (Wed) 17:09:29

 このコンサートの中で都はるみさんは、「今回のリサイタルは蜷川 幸雄さんに演出をお願いしました」とお話しされておられました

 都はるみさんや関係者の方々と曲構成の協議はあったかもしれませんが、上記の2曲の選曲は演出を担当された蜷川幸雄さんの考えが反映しているのではないでしょうか

 これだけでは質問に対する回答になっていませんが、恐らく希代の天才演出家の蜷川さんが都はるみさんの20年間の歌手生活と引退に際して、1984年(昭和59年)10月3日の都はるみ総決算のリサイタルに「男と女」をテーマとした深い曲を選曲されたように思われます

Re: 向こう岸に行きたい - とりい

2018/08/09 (Thu) 10:43:28

はるみさんのファンさん、ご教示ありがとうございます。改めて歌詞を読み直してみると、はるみさんとパートナーの中村一孝さんを暗示しているようでもあり、味わい深いものがりますね。このコンサートでは、椿の花がぽとぽと落ちて、舞台が赤い椿で敷き詰められたり、「北の宿から」では紙ふぶきがそれこそ吹雪のように舞い落ち、舞い上がったり、蜷川幸雄さんの演出が凄かったですが、歌曲にもいろいろ演出があったのですね。

Re: 向こう岸に行きたい - はるみさんのファン

2018/08/18 (Sat) 18:20:25

 老婆心から書かせていただきます

上記にある「中村一孝」氏は、今は故人となられましたが日本コロムビアの元ディレクター、中村一好(かずよし)氏が正確なお名前の漢字で、通称では「いっこう」と呼ばれていました

Re: 向こう岸に行きたい - とりい

2018/08/19 (Sun) 14:36:12

すみません。間違えました。

Re: 向こう岸に行きたい - はるみさんのファン

2018/08/20 (Mon) 11:51:33

 何冊かの都はるみさんの自叙伝を読みますと、1984年(昭和59年)に都はるみさんが引退を決意した理由の一つに、当時すでに36歳で翌年の2月には37歳を迎え初産は高齢出産になり、もう時間的に余地のない所に来ていて、悲願の子を授かり育てたいという強い思いがおありだったためだとわかります

 秀才のお方との間に女のお子様がお生まれになっていたなら、今頃30数歳になられ、もしかしたら紅白のオオトリで演歌をお歌いになられていたかもしれないと、想像はどんどん膨らんでゆきます

 お子様は望めなくなり、歌手復帰されました

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